波と粒子の二重性 わかりやすく
電子や光の粒一つは、検出された瞬間には画面の一点に記録される粒子として現れるが、そうした点が何千個も積み重なると、波どうしが重なってはじめてできる明暗の縞が浮かび上がる。1989年、日立の外村彰らのグループは電子を一個ずつ送り、干渉縞が点で積み上がっていく過程を実際に撮影した。一つひとつは粒子のように届くのに、集まると波のように広がっていた跡を残すというこの二つの顔が、量子力学の出発点である。この講では二重スリット、単スリット、経路検出器、広がる波束を順に見て、ボーアが相補性と呼んだ考えまで進む。
その模様がどう生まれるかは、粒子を一つずつ送って到着した場所に印をつけるとわかる。下の図は、左の壁の二つのスリットを通った粒子が右のスクリーンに着いた場所を金色の点で打ったもので、スクリーン横の薄い曲線は点がたくさん積もったときに期待される強度である。最初の 60 個の点では縞はぼやけているが、点が 60 個ずつ加わるにつれて曲線が高いところに点が集まり、低いところにはほとんど打たれず、模様がはっきりしてくる。粒子をどれほど間をあけて送っても同じ模様が積もるので、一つひとつの粒子は自分自身と干渉していることになる。縞の間隔は Δy = λLd で、λ はド・ブロイ波長 λ = hp、L はスリットからスクリーンまでの距離、d はスリット間隔なので、d を 40 から 20 に縮めると間隔は 60 px から 120 px へと二倍になる。1999 年には炭素原子 60 個からなるフラーレン分子でも同じ干渉が確かめられ、波としての性質が電子のような小さな粒子だけのものではないことが明らかになった。
スリットが一つだけでも、波の性質は消えない。下の図は幅 a のスリット一つを通った強度を描いたもので、中央の広い帯の両側にずっと弱い帯が続く sinc² の形である。スライダーで a を 3 から 1 に減らすと中央の帯の幅は三倍に広がり、6 に増やすと半分に狭まるので、下の数の説明のとおり中央の帯の幅は 1a に比例する。狭い隙間で通る位置を正確に決めるほど、横に広がる向き、つまり横向きの運動量がぼやけるということで、後で扱う不確定性原理の一つの姿である。同じ理由で、レンズや顕微鏡には光の波長のおよそ半分より小さいものを見分けられない回折限界があり、電子顕微鏡は波長がずっと短い電子を使ってこの限界を下げている。
どちらのスリットを通ったかを知るためにスリットのそばに経路検出器を置くと、模様が変わる。下の図の検出器 OFF では干渉縞が残っているが、検出器 ON に切り替えると縞は消え、それぞれのスリットを通った分布を単純に足した二つの平らな山だけが残る。粒子がどちらの道を通ったかがわかるようになった瞬間、二つの道の波はもう重なって干渉できなくなるからで、これが検出器が粒子を強く突き飛ばすせいではないことも実験で確かめられている。経路の情報をもう一度消す装置を加え、その結果に従って点を分けて見ると縞がよみがえり、これを量子消しゴム実験という。ただし消したあとも画面全体をまとめて見ると模様がひとりでに戻るわけではなく、消した結果で分けた点の中でだけ見える。
検出される前の粒子は一点ではなく、狭い範囲にまとまった波の塊、つまり波束として進む。下の図の点線は出発したときの波束で、スライダーで伝わる時間を 0 から 3 まで増やすと、金色の波束は右へ進みながら幅 σ が 0.60 から 1.42 へと広がり、高さはその分だけ低くなる。面積、つまり粒子をどこかで見つける確率の合計は変わらないので、幅が広がれば高さは下がるしかない。波束は波長が少しずつ違う多くの波を重ねたもので、物質波では波長ごとに進む速さが違うため、時間がたつにつれて成分がずれて波束が広がる。そのため最初に位置を狭く決めておいた自由粒子ほど運動量が広く散らばっていて、より速く崩れていき、この内容は後の自由粒子の講でもう一度扱う。
波と粒子は、同じ量子を見る二つの絵である。下の図の波の絵では広く広がった波が見え、位置はぼやけているが波長、つまり運動量ははっきりしていて、粒子の絵に切り替えると運動量の矢印 p を付けた一点になり、位置がはっきりする。二つの絵はどちらも必要であるが、一つの実験で両方が同時に完全に現れることはなく、どちらが見えるかは対象ではなく私たちが選んだ実験が決める。縞を測る実験は波の顔を、経路を測る実験は粒子の顔を引き出すというわけである。ニールス・ボーアは 1927 年にこの考えを相補性原理と呼び、これは後で扱う不確定性原理と同じ根をもっている。