たくさん足せば何でも釣鐘形になる
世の中には分布が数えきれないほどあるのに、ただ一つの形がどこにでも現れます。釣鐘形、正規分布です。人の身長、試験の点数、測定誤差、工場の部品の寸法、さらには統計の標本平均まで、出どころがまったく違うのに、どれも申し合わせたように真ん中が膨らんだ左右対称の鐘を描きます。なぜよりによってこの形がこんなに多いのでしょう。答えは優雅で強力です。互いに独立な小さな無作為の要因を多く足すと、もとの各要因がどんな形であろうと、その和は釣鐘形に収束します。これが中心極限定理、統計学で最も深く美しい結果です。身長が正規分布なのは数千の遺伝子と環境要因が足された結果、測定誤差が正規分布なのは無数の小さな揺れが合わさった結果です。E3 で分布を中心と広がりの二つの数で要約しましたが、正規分布はまさにその二つ、平均と標準偏差だけで完全に決まります。この最後の講で、なぜ釣鐘形がどこにでも現れるのか、そしてその一本の物差しで世界をどう測るのかを見ます。
まず釣鐘形そのものと親しくなりましょう。正規分布は平均で最も高く、両側へ対称になめらかに下がります。驚くべきは、この曲線がたった二つの数、平均 μ と標準偏差 σ だけで完全に決まることです。μ は山の位置(中心)、σ は鐘の幅です。そして正規分布には覚えておく価値のある見事な規則が一つあります。68-95-99.7 規則です。ボタンを押してみてください。平均から ±1σ 内に全体の約68%、±2σ 内に約95%、±3σ 内に約99.7%が入ります。言い換えれば、正規分布に従う値はほとんど常に(99.7%)平均から3σ 以内にあり、3σ を外れることは千回に三回ほどとまれです。σ が自然な物差しなのです。「平均から何 σ 離れているか」が、そのまま「どれだけまれな出来事か」を語ります。この一つの規則で、「この測定値は正常か、おかしいか」をすぐ判断できます。
では、釣鐘形がどうやってひとりでに生まれるのかを見ましょう。サイコロを一つ振れば1から6まで確率が等しい。分布は平らな長方形で、鐘とはほど遠い。ところがサイコロを何個か振って和を見ると、魔法が起きます。ボタンでサイコロの数を増やしてみてください。二つ足すだけで平らだった分布が7を頂点とする三角形になり、三つ、四つと増やすと角が丸くなって、だんだん釣鐘形に近づきます。なぜでしょう。和がとても小さくなるには、すべてのサイコロが同時に小さい目を出さねばならず、それはまれですが、和が真ん中あたりになる道は数えきれないほどあるからです。だから中間の値が圧倒的によく出て、山ができます。もとの材料(サイコロ一つ)はまったく釣鐘形でないのに、それを数個足すだけで鐘が現れる。これが中心極限定理が働く様子を、いちばん単純に見せてくれる例です。
サイコロはもともと対称なので、少し甘く見たと言えるかもしれません。では、あからさまに片側へ偏った分布ならどうでしょう。ここに指数分布があります。0 の近くが最も多く、右へ長い尾を引く、まったく対称でない分布です。この偏った分布から N 個を取り、平均を出し、その平均値を多く集めてヒストグラムを描きます。スライダーで標本サイズ N を大きくしてみてください。N=1 なら元の偏った形のままですが、N を大きくすると、驚くことに標本平均の分布がだんだん対称な釣鐘形になり、同時にだんだん狭くなります。源がどんなにゆがんでいても、十分に多く取って平均すれば、その平均は正規分布に収束します。これが中心極限定理の核心です。そして幅は N が大きくなるほど 1√N で縮みます。標本を4倍にすれば平均の散らばりは半分になります。だから標本が多いほど平均の推定が精密になるのです。世論調査が数千人に聞くだけでかなり正確なのは、まさにこれが理由です。
正規分布がどこにでも現れるなら、すべての正規分布を一つの標準の物差しに統一すると便利ですよね。それが z 標準化です。どんな正規分布 N(μ, σ) の値 X を、平均からどれだけ離れているかを σ 単位に変えます。式では z = (X − μ)σ。まず μ を引いて中心を0に移し、σ で割って幅を1に合わせます。E3 で見た aX+b 変換の一例です(a = 1σ, b = −μσ)。スライダーで μ と σ をいくら変えても、曲線の下の z 目盛りはいつも 0, ±1, ±2 に固定されているのを見てください。x値(上の行)は分布ごとに違いますが、z(下の行)で測れば、どの正規分布も同じ標準正規 N(0, 1) になります。これが強力なのは、標準正規ひとつだけを表(または関数)として持っていれば、世の中のすべての正規分布の確率を z に変えて、その一つの表で全部読めるからです。身長が175cmである確率でも、株価の収益率でも、z に変えれば同じ物差しで測れます。
最後に、これらすべてが工学でどう使われるかを見ましょう。同じ量を何度測っても、毎回少しずつ値が違います。その散らばりは無数の小さな雑音が足されたもので、中心極限定理によって正規分布に従います。測定点を見ると、平均の周りに釣鐘形に広がっていますね。ここに 68-95-99.7 規則を当てはめます。ボタンで帯の幅を変えてみてください。測定値の約95%が平均 ±2σ 内に入ります。これを裏返せば、「真の値は測定平均から ±2σ 内にあるだろう」と約95%確信できます。これが信頼区間です。測定結果を「5.0 ± 0.2」と書く、その ± がまさにこれです。工学では、どんな数も ± なしに一人歩きしません。部品寸法の公差、実験値の誤差範囲、世論調査の標本誤差、センサーの精度、すべて「推定値 ± 何 σ」で語ります。だから統計は「平均はいくつだ」ではなく、「平均はこの範囲にあり、それをこれだけ確信する」を語る言葉です。正規分布と中心極限定理が、その確信に数を付けてくれます。これで工業数学を一周します。線形代数の変換と固有値、複素数の回転、微分方程式の流れと安定性、そして確率の分布と推定まで、工学系の道具箱が一つの手に収まりました。