わかりやすく 完璧なセキュリティ なぜない
玄関に鍵を一つつければ、より安全です。二つつければ、さらに安全です。では十個つけたらどうでしょう。たしかにもっと安全ですが、家に入るたびに鍵を十回回さなければならず、鍵の値段も十倍かかります。前回の原則も、とことん押し進めればこうした場面にぶつかります。セキュリティに終わりはなく、より安全にすればするほど、いつもより不便に、より高くつきます。だから本当の問いは、どうすれば完ぺきになれるかではなく、どこで止めるかです。
完ぺきはない
この領域では、いろいろな守りを見てきました。暗号で中身を閉め、ハッシュで変わっていないかを確かめ、パスワードと二つ目の段階で誰なのかを示しました。では、これを全部合わせれば完ぺきになるのでしょうか。
残念ながら、なりません。どんな鍵も、十分な時間と手間をかければ揺らぐ可能性が残りますし、まだ誰も知らない欠陥が隠れているかもしれません。セキュリティを100まで上げようとする棒は、どれだけ押しても100にぴったりとは届きません。
セキュリティをもっと上げてみましょう。棒は100に近づきますが、最後まで届きません。完ぺきには、だんだん近づくだけです。
押しても押しても、棒の先は100に届きませんでした。これがセキュリティの一つ目の真実です。完ぺきは、たどり着ける場所ではありません。
だからといって、がっかりすることはありません。完ぺきはないと受け入れた瞬間、問いがかしこくなるからです。どうすれば完ぺきになれるかの代わりに、どこまで安全なら十分かを問うようになり、その十分さにはいつも代償がついてきます。その代償が何かを、次に見ます。
安全になると不便になる
できるのに棒を最後まで押さない理由は、単純です。代償が大きくなりすぎるからです。パスワードは長く複雑にするほど安全ですが、毎回入力するのが面倒になり、よく忘れます。認証を一枚重ねるほど安全ですが、一回のログインで通る段階が増えます。
セキュリティを一段上げると、便利さが一段下がり、コストは一段上がります。三つは一本の線でつながり、たがいに引きかえになります。不便すぎると、かえって安全でなくなることもあります。覚えにくいパスワードを紙に書いて画面に貼ったり、面倒な手順をこっそり飛ばしたりする人が出てくるからです。
セキュリティの段階を一段ずつ上げてみましょう。上げるほど安全は満ちていきますが、便利さは減り、コストは増えます。
段階を上げるたびに、三本の棒がいっしょに動きました。一方がよくなると、別の側が悪くなりました。これをトレードオフ、つまり引きかえと呼びます。
ただでより安全になる道はありません。安全はいつも、便利さかコストで代金を払います。だから、やみくもに最大まで上げるのが答えではありません。低すぎれば危なく、高すぎれば誰も使えません。では、棒はどこに置けばよいのでしょうか。その答えは、リスクをどう扱うかにかかっています。
なくすのではなく、おさめる
完ぺきがないなら、リスクも0にはできません。では、セキュリティは負け戦なのでしょうか。そうではありません。考え方を変えればいいのです。リスクをなくそうとするのではなく、管理するのです。道をわたるとき、リスクは0ではありませんが、私たちは左右を見てわたります。
リスクの大きさは、二つをいっしょに見てはかります。それが起きる可能性がどれくらいあるか、起きたら被害がどれほど大きいかです。どちらも大きいリスクから防いで十分に小さくし、残った小さなリスクはかかえていきます。これがセキュリティの現実的な目標です。
大きいリスクから順に防いでみましょう。リスクは0にはなりませんが、受け入れられる小さな大きさにおさまります。
大きいリスクを先に防ぐと、棒はぐっと短くなりましたが、最後まで0にはなりませんでした。それでかまいません。そこが要です。残ったリスクが十分に小さければ、受け入れると決めます。
リスクの扱い方は、ほかにもあります。避けることもできます。いらない情報をはじめから集めなければ、もれることもありません。人に移すこともできます。保険がそのやり方です。減らす、避ける、移す、受け入れるの中から選ぶことを、リスク管理と呼びます。では、受け入れられる大きさは、誰にとっても同じなのでしょうか。
場面に合ったつり合い
受け入れられるリスクは、場面ごとに違います。今日の昼ごはんを書いたメモがもれても、少し恥ずかしいだけで大ごとではないので、重い鍵はやりすぎです。反対に、銀行の金庫がもれれば大ごとなので、不便を承知で鍵を厚くします。
守るものの重さが、つり合いの点を決めます。だからセキュリティを決めるときは、まず問います。何を守るのか、誰から守るのか、失ったらどれほど痛いのか。大切なものほど安全の側へ、軽いものほど便利さの側へ棒を動かします。答えは一つではなく、場面ごとに違うのです。
二つの場面を選んでみましょう。軽いメモは便利さの側へ、重い銀行の金庫は安全の側へ、つり合いの点が動きます。
同じ鍵が、二つの場面の両方に合うわけではありませんでした。メモには軽い鍵が、銀行の金庫には厚い鍵が似合いました。よいセキュリティは、いちばん強いセキュリティではなく、その場面にちょうど合ったセキュリティです。
そして、そのつり合いの点は一度決めたら終わりではありません。新しい攻撃が現れ、守るものが増えればリスクの大きさも変わるので、ときどき考え直し、アップデートを欠かさないことが必要です。完ぺきを追う代わりに、つり合いを選び、また選び直す目。それが、この回で学んだセキュリティを見る目です。
ここまで来た道
この回をまとめるとこうなります。完ぺきなセキュリティはありません。安全を上げれば、便利さが下がり、コストが上がります。だからリスクを0にしようとせず、可能性と被害を見て管理します。何をどれだけ守るかを見てつり合いの点を選び、状況が変われば選び直します。
この回はセキュリティの領域の最後の回で、これまで通ってきたCogitoの八つの領域を、ひとところでふり返るのにちょうどよい場所です。最後に、その八つの道をいっしょにたどりましょう。
八つの領域を順に押して、Cogito全体をふり返りましょう。構造、プログラミング、OS、アルゴリズム、ネットワーク、データ、人工知能、セキュリティです。
八つの道を、すべてたどりました。構造でコンピューターの骨組みを見て、プログラミングで命令を書く方法を身につけました。OSがそのすべてを調整するようすを見て、アルゴリズムで問題を解く腕を育てました。ネットワークで世界とつながり、データで情報を覚え、扱いました。人工知能で自分で学ぶ機械に出会い、セキュリティでそのすべてをつり合いよく守る方法を学びました。
この旅は、答えを覚えるためのものではありませんでした。世界を直観で見て、自分で公式を立てる、その見る目を育てるためのものでした。ここまでいっしょに来てくれて、ありがとうございます。これからは、その目で自分だけの次の道を歩いていきましょう。