てがみが ほんものか たしかめる、しょめい
まえの かいで、こうかいかぎで しめると つい の ひみつかぎ だけで あくと みました。でも メッセージが ひみつである ひつようは なく、ただ ほんとうに その ひとが おくったかだけ たしかめたい ときが あります。だれかが その ひとの なまえを かりて にせの てがみを おくったら? もし おくりぬしが じぶんだけ もつ ひみつかぎで メッセージに はんこ のような しるしを のこし、だれでも その ひとの こうかいかぎで その しるしが ほんものか たしかめられたら どうでしょう?
だれが おくったか わからないと
てがみが いっつう とどいたと しましょう。
おわりに ある ひとの なまえが かいてあります。
でも ほんとうに その ひとが かいたのでしょうか?
なまえは だれでも うつし かけます。
ないようも だれかが そっと なおしたかも しれません。
もじだけ みても わかる すべが ありません。
ひみつか どうかの もんだいでは ありません。
ないようは すべて みえても かまいません。
ただ ほんとうに その ひとが おくったか、
くる みちで かわっていないかを しりたいだけです。
なまえだけ かいた てがみを みて。なまえを うつしたか、ないようが かわったか もじだけでは みわけられません。
じぶんで おして みると もどかしかったですね。
なまえが あっても かくしんが もてません。
かわった てがみも へいきに みえました。
わたしたちに ひつようなのは ふたつです。
ひとつ、ほんとうに その ひとが おくった しょうこ。
ふたつ、くる あいだ かわっていない しょうこ。
これを いちどに みせる しるしが あると よいです。
しかも ほかの ひとが まねできない ものでなければ なりません。
さいわい まえの かいの かぎ ひとつぶんが
その しごとを やってのけます。
ひみつかぎで しょめいする
まえの かいでは うけとる ひとの こうかいかぎで しめました。
しょめいは むきが はんたいです。
おくりぬしが じぶんの ひみつかぎを つかいます。
ひみつかぎで メッセージに しょめいを つけるのです。
これは じょうまえで しめるのでは ありません。
メッセージの よこに はんこを ひとつ おす ようなもの。
ないようは そのまま すべて みえます。
ただ その はんこが いっしょに ついてきます。
ひみつかぎは その ひと だけが もつので
この はんこは その ひと だけが おせます。
ひみつかぎを おして メッセージに しょめいを つけて。ないようは みえたまま、その ひと だけが つくれる はんこが いっしょに つきます。
ひみつかぎを おすと しょめいが つきました。
メッセージの もじは ひとつも かくれていません。
しめたのでなく はんこを くわえたからです。
この しょめいは メッセージの ないようと むすばれています。
まさに この てんが つぎで たいせつに なります。
そして この はんこを おすには
かならず その ひとの ひみつかぎが ひつようです。
ひみつかぎは もちぬしの てを はなれないので
ほかの ひとが おなじ はんこを つくれません。
では うけとった がわは これを どう たしかめる?
こうかいかぎで けんしょうする
うけとる ひとは その ひとの こうかいかぎを つかいます。
こうかいかぎは だれでも もてましたね。
その こうかいかぎで しょめいを けんしょうします。
けんしょうは とう ことです。
この はんこは ほんとうに その ひみつかぎで おされたか?
そうなら けんしょうが とおります。
こうかいかぎと ひみつかぎは ひとつの つい なので
つい が あった ときだけ とおるのです。
ちがう ひとの ひみつかぎで おした はんこは
その こうかいかぎに あてて けんしょうすると しっぱいします。
いくつかの しょめいを その ひとの こうかいかぎで けんしょうして。つい の ひみつかぎで おした ものだけ とおり、ほかは しっぱいします。
つい の ひみつかぎで おした しょめいだけ とおりましたね。
ちがう かぎで おした ものは みな しっぱいしました。
とおる ことの いみは あきらかです。
この メッセージは ほんとうに その ひとが おくった。
こうかいかぎは せかいじゅうが もっても かまいません。
こうかいかぎでは けんしょう だけで しょめいは つくれないからです。
はんこを おす けんりは ひみつかぎの もちぬし だけに、
はんこを たしかめる ことは だれにでも ひらかれています。
これが まえの かいの しめるの かがみ うつしです。
でも とおる ことは しんぎ だけを いうのでは ありません。
ほんもので、かわっていない
しょめいは メッセージの ないようと しっかり むすばれています。
だから けんしょう つうかは ふたつの ことを いちどに いいます。
ひとつは しんぎ、ほんとうに その ひとが おくった こと。
もう ひとつは むけつせい、ひともじも かわっていない こと。
もし とちゅうで だれかが ないようを すこし なおすと
むすばれていた しょめいと もう あいません。
すると けんしょうが すぐ こわれます。
かわった ひともじが すなわち けいほうに なります。
だから つうかは ほんものという いみであり
くる みちで さわられていないという いみです。
しょめいされた メッセージの ひともじを かえて。ないようと むすばれた しょめいが もう あわず、けんしょうが こわれます。
ないようを ひともじ かえただけで
けんしょうが すぐ しっぱいに かわりましたね。
むすばれていた しょめいが もう あわないからです。
うけとる ひとは この しっぱいを みて きづきます。
これは もとの ままでは ないと。
だから むやみに しんじず とまれます。
まさに この こわれが むけつせいを まもります。
かわった メッセージを ほんものと だまされる ことが ありません。
しんぎと むけつ、この ふたつを ひとつの はんこが いちどに まもります。
では しめると しょめいを ならべて まとめましょう。
まとめて みましょう
ひとことに まとめると こうです。
でんし しょめいは こうかいかぎ あんごうを ぎゃくに つかいます。
おくりぬしは じぶんの ひみつかぎで メッセージに しょめいします。
うけとる ひとは その ひとの こうかいかぎで けんしょうします。
とおれば ほんとうに その ひとが おくり、
くる みちで かわっていない ことが いっしょに しょうめいされます。
しめるのは ないようを ひみつに する こと、
しょめいは だれが おくったか かわっていないかを しょうめいする こと。
おなじ かぎ ひとつぶんで むきだけ かえて りょうほう やります。
しめるのは ひみつ、しょめいは しんぎと むけつです。
しめると しょめいを おして くらべて。しめるのは ひみつ、しょめいは しんぎと むけつ、ひとことで ちがいが みえます。
これで しめると しょめいの ちがいを しりました。
しめれば ひみつが まもられ、
しょめいすれば ほんもので かわっていない ことが しょうめいされます。
どちらも おなじ かぎ ひとつぶんから でます。
うけとる ひとの こうかいかぎで しめれば ひみつ、
おくりぬしの ひみつかぎで しょめいすれば しんぎと むけつ。
むき ひとつで つかいみちが わかれるのです。
でも けんしょうが なりたつには ひとつの ぜんていが あります。
その こうかいかぎが ほんとうに その ひとの もので ある こと。
その こうかいかぎを どう しんじるかは つぎの はなしです。