この こうかいかぎは ほんとうに その ひとの もの? しょうめいしょ
まえの かいで、ひみつかぎで しょめいして ぎぞうできない しるしを つくる やりかたを みました。でも ひとつ すきまが のこります。だれかの こうかいかぎで メッセージを しめたり しょめいを たしかめるには、まず その こうかいかぎが ほんとうに その ひとの もので なければ なりません。もし とちゅうで だれかが こっそり じぶんの こうかいかぎを その ひとの ものの ふりして わたしたら? わたしたちは なにを しんじて その こうかいかぎが ほんものだと いえるでしょう?
にせの こうかいかぎが まぎれこめる
いままで わたしたちは こうかいかぎを ただ しんじて つかいました。
うけとった こうかいかぎは とうぜん その ひとの ものだと。
でも ここに すきまが ひとつ あります。
わたしと あいての あいだに だれかが いたら?
その ひとが ほんものの こうかいかぎの かわりに
じぶんの こうかいかぎを こっそり わたすと
わたしは しらずに それを ほんものだと しんじて しまいます。
すると わたしが しめた ひみつは
ちがう ひとに あけられて しまいます。
こうかいかぎ じたいは まともなのに
それが だれの ものかが ゆらぐのです。
おくられる こうかいかぎを おして。ほんものが そのまま とどけば あんぜんですが、とちゅうで すりかえられた にせが とどくと きけんに きづけます。
ふたつの ばあいの ちがいが みえましたね。
ほんものが そのまま とどけば なんの もんだいも ありません。
でも にせに すりかえられると
わたしには きづく すべが ありませんでした。
こうかいかぎだけ みても
それが ほんとうの もちぬしの ものか わからないのです。
こうかいかぎには なまえふだが ついて いませんから。
だから ひつような ものは はっきりして います。
この こうかいかぎが ほんとうに その ひとの ものだと
しんよう できる かたちで ほしょうして くれる なにかです。
つぎは その ほしょうを だれが して くれるか みます。
しんらいされる きかんが ほしょうする
ここで みんなが しんじる きかんが あらわれます。
にんしょうきかん、ちぢめて CAと よびます。
サイトは じぶんの こうかいかぎを CAに もって いきます。
CAは それが ほんとうに その サイトの ものか たしかめ
こう ほしょうして くれます。
この こうかいかぎは ほんとうに この サイトの ものだ。
そして その ほしょうに じぶんの ひみつかぎで しょめいを つけます。
ぎぞうできない あの しょめいです。
こうかいかぎと サイトめい、CAの しょめいが
ひとまとめに はいった この ぶんしょが まさに しょうめいしょです。
こうかいかぎに しんよう できる みもとふだが ついた わけです。
はっこう だんかいを じゅんに おして。CAが サイトの こうかいかぎを たしかめ、ほしょうに じぶんの しょめいを つけて しょうめいしょに まとめます。
これで こうかいかぎは ひとりで ただよいません。
CAの しょめいという ほしょうを せおいました。
かなめは その しょめいが ぎぞうできない ことです。
CAの ひみつかぎは CAだけが もって いますから。
だから しょうめいしょを うけとった ひとは
CAの こうかいかぎで その しょめいを たしかめられます。
しょめいが あえば ほしょうは ほんもので
こうかいかぎも かかれた その サイトの もので あって います。
でも ここで もう ひとつ ひっかかります。
その CAは また どう しんじる?
つぎは しんらいの くさりを たどって みます。
ブラウザの しんらい いちらん、PKI
CAを しんじる こんきょは いがいと たんじゅんです。
ブラウザには しんらいする CAの いちらんが
はじめから まえもって はいって います。
この いちらんは しゅっぱつてんと なる しんらいです。
サイトが しょうめいしょを おくると
ブラウザは それを しょめいした CAを みます。
その CAが さらに じょうい CAの ほしょうを うけて いれば
その うえへ ひとつずつ たどって のぼります。
そうして のぼり
しんらい いちらんに ある CAに とどけば
くさりが しんらいに つながり けんしょうが おわります。
こうして ほしょうが ほしょうを つなぐ こうぞう ぜんたいを
こうかいかぎ きばん、PKIと よびます。
くさりを ひとつずつ たどって のぼって。サイトの しょうめいしょから はじめ、ブラウザが しんらいする CAに とどくと けんしょうが かんせいします。
くさりを たどって のぼると
ついに しんらいの しゅっぱつてんに とどきました。
ブラウザが まえもって しんらいする あの CAです。
そこまで くさりが きれめなく つながれば
いちばん したの サイトの こうかいかぎまで
しんじられる ように なります。
ほしょうが ほしょうを ささえる こうぞうです。
わたしは サイトを じかに しらなくても
しんじる CAが ほしょうした から しんじます。
では じっさいに しょうめいしょが きた とき
なにを みて つうかと けいこくを わける?
つぎは その けんしょうを くらべて みます。
ほんものは とおり、にせは けいこく
ブラウザが しょうめいしょを うけとると
ふたつの ことを おちついて しらべます。
まず しょめいした CAが しんらい いちらんに とどくか。
そして その しょめいが じっさいに あうか。
どちらも あえば しょうめいしょは とおります。
アドレスばーに ロックの しるしが でて
あんしんして ひみつを やりとりできます。
ぎゃくに しんらい いちらんに ない ところが しょめいしたり
しょめいが あわなかったり サイトめいが あわなければ
ブラウザが おおきな けいこくを だします。
この けんしょうが にせの こうかいかぎを ふるい おとす もんばんです。
ふたつの しょうめいしょを くらべて。しんらい いちらんに とどく ほんものは とおり、しんらいされない ところが しょめいした にせは けいこくを だします。
ほんものの しょうめいしょは しずかに とおりました。
にせは すぐに けいこくで ふせがれました。
その けいこくこそ わたしたちを まもる あいずです。
ウェブを つかって おおきな けいこく がめんに であったら
ただ むしして すすむな という いみです。
その サイトの こうかいかぎが ほんものか
しんよう できる かたちで ほしょうされて いない という しらせだからです。
さいしょの だんかいで みた にせの こうかいかぎの きけんを
まさに この けんしょうが ふせいで くれるのです。
これで しょうめいしょが なにを まもるか はっきりしました。
つぎは ぜんたいを いちどに まとめて みます。
まとめて みましょう
ひとことに まとめると こうです。
こうかいかぎを あんぜんに つかうには
それが ほんとうに その ひとの ものだと しんじられなければ なりません。
とちゅうで にせの こうかいかぎを わたすと あぶないからです。
だから しんらいされる きかん CAが
この こうかいかぎは ほんとうに この サイトの ものだと しょめいして ほしょうします。
この ほしょう ぶんしょが しょうめいしょです。
ブラウザは しんらいする CAの いちらんを まえもって もって いて
しょうめいしょを その いちらんまで たどって けんしょうします。
ほしょうが あえば つうか、あわなければ けいこくです。
この しんらいの あみ ぜんたいが PKIです。
かなめを じゅんに おして ふりかえって。(にせ こうかいかぎの きけん -> CAが しょめいして ほしょう -> しんらい いちらんへ たどる -> つうか または けいこく)
これで その こうかいかぎが ほんとうに その ひとの ものか
なにを しんじて はんだんするか しりました。
ひとりで ただよう こうかいかぎは ゆれますが
CAの ほしょうが ついた しょうめいしょは しんじられます。
わたしたちが まいにち みる アドレスばーの ロックの しるしの うしろに
まさに この しょうめいしょと しんらいの くさりが あります。
あんごうの いくつもの かけらが こうして あつまると
じっさいに あんぜんな つうしん ひとつを つくれます。
しめる、しょめい、みもと ほしょうが ひとつに あまれるのです。
つぎは この かけらたちが じっさいの せつぞくで
どう いっしょに はたらくか みて いきましょう。