じぶんで あることを しめす いろいろな やりかた
ドアの まえに けいびいんが いるとします。はいるには けいびいんに じぶんが だれか みせます。あるひとは なまえと あいことばを いい、あるひとは つうこうしょうを みせ、あるひとは かおで とおります。コンピュータに ログインするときも おなじ。じぶんで あることを しめすこと、それを にんしょうと いいます。
ログインは じぶんで あることを しめす もんです
まえの こうで セキュリティは
まもる ものを きめて ふせぐことと いいました。
でも ふせぐ まえに まず きくことが あります。
いま ドアの まえに たつ この ひとは だれか。
ぬしなら いれ
しらない ひとなら とめる べきだから。
だから はいる ひとごとに
ほんとうに きみか と きく もんを おきます。
この もんが まさに ログイン。
ここで じぶんを みせることを にんしょうと いいます。
ドアの まえの ひとを おして だれか たしかめて。にんしょうを とおった ひとだけ なかへ はいります。
たしかめられた ひとだけ なかへ はいりました。
にんしょうは こうして だれかを みわける もんです。
でも だれかを なにで みせる?
なまえだけなら だれでも まねできるので
なまえだけでは たりません。
わたしだけ みせられる しょうこが いります。
そんな しょうこが おおきく みっつに わかれます。
ひとつずつ みましょう。
しっている もの、もっている もの、ほんにん の もの
じぶんを みせる しょうこは みっつの えだ。
ひとつめは しっている もの。
パスワードや あいことばのように あたまの なかだけ。
ふたつめは もっている もの。
スマホや かぎ、つうこうしょうのように てに ある もの。
みっつめは ほんにん の もの。
しもんや かおのように からだに つく とくちょう。
しっている ものは わすれたり もれたり し
もっている ものは なくし
ほんにん の ものは いつも からだに あるが かえにくい。
それぞれ つよみと よわみが ちがいます。
みっつの ようそを ひとつずつ おして みて。なにが つよみで なにが よわみか おしえます。
みっつは それぞれ ちがう よわみを もつ。
だから ひとつだけ しんじると あぶない。
パスワード ひとつだけ つかって それが もれると
たにんが そのまま じぶんの ふりを できるから。
では どう もっと かたく ふせぐ?
かんたん。
ちがう ようそを ふたつ かさねて もとめれば いい。
つぎで この かさねの ちからを みます。
なんじゅうにも かさねると もっと あんぜん
ドアに じょう ひとつだけ つけると
その かぎを なくせば だれでも あけます。
でも じょうを ふたつ つけて
ちがう かぎで りょうほう あける ひつようが あれば
ひとつ なくしても もう ひとつが のこって ふせぐ。
にんしょうも おなじ。
パスワード(しっている もの)を あて
さらに じぶんの スマホ(もっている もの)でも たしかめさせれば
パスワードだけ もれても スマホが なければ はいれません。
こう ちがう ようそを かさねて きくことを
ただんかい にんしょうと いいます。
ようそ ひとつだけの ときと ふたつ かさねた ときの あんぜんどを おして くらべて。
ひとえの ときより ふたえの とき
やぶるのが ずっと むずかしく なりました。
こうげきする がわが りょうほう どうじに てに いれる ひつようが あるから。
パスワードも しり じぶんの スマホも もつ ひつようが あるが
それは ずっと まれです。
だから だいじな ところほど なんじゅうにも かさねます。
さて、でも いれた あとが また もんだい。
なかに はいったからと いって
なんでも して いいわけでは ありません。
つぎで その はなしを しましょう。
だれか と なにを できるか は ちがう
かいしゃの たてものに はいったと します。
つうこうしょうで しゃいんで あることは しめした。
これが にんしょう。だれかを たしかめた。
でも しゃいんだからと いって
すべての へやに はいれるわけでは ない。
きんこべやは とくべつ ゆるされた ひとだけ はいる。
こう なにを できるかを きめるのが
けんげんです。
にんしょうは だれかを きき
けんげんは その あと なにを して いいかを きめます。
そして けんげんは ひつようなら とりけせます。
にんしょうで だれか たしかめ、けんげんで なにを できるか きめて。けんげんは とりけすことも できます。
だれかを たしかめたことと
なにを して いいかを きめたことが べつに うごきました。
おなじ ひとでも けんげんを もっと あたえることも
また とりけすことも できました。
オーエスも こう ユーザーごとに
できることを べつに きめて おきます。
にんしょうで もんを とおっても
けんげんが なければ さわれない ところが あるのです。
ふたつを わけて おくと
だれが はいったかと
その ひとが なにを さわれるかを
べつに かんりでき、より あんぜんです。
まとめて みましょう
ひとことに まとめると こうです。
にんしょうは じぶんで あることを しめすこと。
しめす ざいりょうは みっつ、
しっている ものと もっている ものと ほんにん の もの。
ひとつだけは よわいので
ちがう ようそを なんじゅうにも かさねると もっと あんぜん。
これが ただんかい。
そして にんしょうは けんげんと ちがう。
にんしょうは だれかを きき
けんげんは なにを できるかを きめます。
だれか たしかめ、なんじゅうにも かたく、する ことは べつに きめる。それが にんしょうです。
かなめを じゅんに おして ふりかえって。(じぶんを しめす -> しっている/もっている/ほんにん -> なんじゅうにも ただんかい -> にんしょうは けんげんと ちがう)
これで ドアの けいびいんが なにを するか
おくまで しりました。
きみが きみで あることを みわけ、
なんじゅうにも かたく たしかめ、
なかで なにを さわれるかまで べつに きめます。
この みっつが かみあって
はじめて あんしんして ドアを あけられます。
つぎは とおった あと やりとりする ことばが
とちゅうで もれないように する やりかたを
いっしょに つづけて みていきましょう。