口の中も腸も細菌だらけ。出血しても、なぜ敗血症で死なないのか
歯ぐきや腸から出血すると、細菌は実際に血流へ入る。それでも無事なのは、体が大半を防ぎ、入り込んだわずかな菌を素早く処理するからだ。
歯を磨くと、歯ぐきにうっすら血がにじむ。トイレで紙に赤みがつく。そのどちらにも、無数の細菌が暮らしている。出血とは血管が開いたということ。ならば細菌がその道から血に入れば、全身が感染してもおかしくないはずだ。それでも、ほとんどの人は何ともない。なぜだろう。
まず一つの事実から。細菌は実際に入り込む。歯ぐきが弱った人が強く磨くと、その直後の血液から口内細菌が見つかることがある。これを一過性菌血症と呼ぶ。入ること自体は防ぎきれない。肝心なのは「入るかどうか」ではなく、「どれだけ入り、どれだけ速く片づけられるか」だ。感染は細菌が存在することではなく、細菌が掃除の速さを上回ったときに始まる。
だから、歯ぐきの血も、紙についた赤みも、たいていは危険の合図ではない。わずかな細菌が一瞬入り込み、防がれ、ろ過され、片づけられる、毎日静かに繰り返されるその過程の跡にすぎない。体は無菌で生きているのではなく、絶え間なく入ってくる細菌を絶え間なく退けることで、均衡を保っている。
上:時間を動かすと、血流の細菌がどれだけ速く片づくか見えます。下:各層を押して、細菌が越えるべき五重の防御線を確かめてください。
体は二つのことを同時に行う。
第一に、ほとんど入れない。口や腸の内壁は単なる皮膚ではなく、幾重もの防御線だ。粘液層が細菌を捕らえ、その中の抗菌物質と免疫抗体が無力化し、すきまなくかみ合った細胞の壁が物理的に道をふさぐ。腸にはさらに、細菌の毒素をあらかじめ分解しておく酵素まで備わっている。
第二に、突破したわずかな菌は素早く片づける。とりわけ肝臓が決定的だ。腸から吸収された血液は、全身へ広がる前に門脈という通路を経て、まず肝臓を通る。肝臓の中では、血管を守る掃除役の細胞が並び、通り過ぎる細菌を捕らえて飲み込む。肝臓は毎分、全身の血液の約三分の一をろ過し、入ってきた細菌の九割以上を十分以内に捕える。
ところが一部の細菌は、ぶ厚い殻(莢膜)で肝臓の掃除細胞をかわす。そうした菌のための最後の控えが脾臓だ。脾臓は肝臓が取り逃した手ごわい菌をこし取り、その際、血液中の補体というたんぱく質が細菌に目印をつけて捕らえやすくする。脾臓を失った人が特定の感染症にとりわけ弱いのは、このためである。
この均衡は条件つきだ。防御線が弱まる(歯周病で粘膜がただれる、腸の壁が傷む)か、掃除の力が落ちる(免疫が弱った状態)か、一度に多すぎる細菌が入れば、勝っていた戦いはひっくり返りうる。そのとき初めて、菌血症は敗血症へと広がる。日ごろ歯ぐきを健やかに保つことが、歯だけの問題ではない理由がここにある。
確認日: 2026-06-04
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