進み・遅れ補償
進み補償で位相余裕を引き上げる
F1~F4 と同じプラントに利得を足した開ループ L(s) = 4·C(s)/(s(s+1)(s+2)) のボード線図だ。上は利得(dB)、下は位相(度)、点線は補償前(C=1)、実線は進み補償器 C(s) = (1+αTs)/(1+Ts) を足した後だ。補償前は位相余裕が約 11° と非常に薄い。α を上げると零点と極の間隔が開き、位相に山が立ち、その山の最大の高さは φ_max = asin((α−1)/(α+1)) だ。中心周波数 ω_m を動かしてその山を利得が 0 dB を過ぎる交差周波数に合わせると、まさにその場所で位相が持ち上がり位相余裕が増える。位相余裕が 45°〜60° になるよう二つのつまみを合わせよ。
極一つ、零点一つで位相を作る
進み補償器は C(s) = (1+αTs)/(1+Ts), α>1 の形で、零点を s = −1/(αT) に、極を s = −1/T に置く。零点が極より原点に近く先に効くので、二つのコーナー周波数の間で位相が正に持ち上がる。ボード線図で見ると、零点で位相が +90° まで上がろうとし極が再び引き下げ、二つのコーナーの幾何平均 ω_m = 1/(T√α) で位相が最大になる。その最大値は間隔比 α だけで決まり φ_max = asin((α−1)/(α+1)) だ。α が大きいほど山が高いが、同じ ω_m で補償器の利得も √α 倍に上がる。だから進み補償は位相を借りる代わりに高周波利得を差し出す取引だ。
遅れ補償は鏡像だ
遅れ補償器も形は同じだが α<1 で、極が零点より原点に近い。今度は位相がわずかに負へ凹み、代わりに低い周波数から高い周波数へ行くほど利得が 1/α 倍だけ下がる。裏返せば、高い周波数を基準に低い周波数の利得を 1/α 倍上げることになる。だから遅れ補償器は定常状態の正確さを高める。直流利得が大きくなると F5 で見た定常状態誤差が減るからだ。位相が凹む損は、二つのコーナーを交差周波数よりずっと低い所に置いて避ける。その場所では凹みがすでに 0 に戻り、交差周波数の位相余裕をほとんど触らない。進みが微分項のように位相と速さを足すなら、遅れは積分項のように低周波利得を足して誤差を減らす。両方を一緒に使うのが進み遅れ補償だ。
回路で作る補償器、そしてその限界
補償器の魅力は、極一つと零点一つで済むので、演算増幅器と抵抗・コンデンサ数個でそのまま回路になる点にある。進み補償器は微分器に近いが、極が高周波利得を抑えてくれるので、純粋な微分が雑音を限りなく増やす問題を和らげる。実は PID の実用形がまさに進み遅れ補償だ。積分項は原点の極(遅れの極端)であり、微分項にフィルタを付けたものが進み補償器だ。だから二つは同じことを別の言葉で言う。時間領域で利得三つを選ぶのが PID 調整、周波数領域で極・零点を置いてボード線図を形作るのが補償器設計だ。限界も明らかだ。進みは高周波利得を増やすので雑音と飽和に弱く、遅れは遅い極を足すので整定時間を長くする。だから位相は進みで借り正確さは遅れで補い、どちらも必要なだけ使うのが設計の要だ。
最初の画面に戻ると
余裕が 11° しかなかった開ループに進み補償器を足した。α を上げて位相に山を立て、中心周波数 ω_m を利得が 0 dB を過ぎる交差周波数に合わせると、まさにその場で位相が −180° から遠くへ持ち上がり位相余裕が良い値まで上がった。補償器は極一つと零点一つだけでボード線図の位相を望む場所で引き上げたのだ。進みが位相を借りて速さと安定を足したなら、遅れは低周波利得を足して正確さを補う。F3 で読むだけだった位相余裕を、いま補償器を設計して自分で作り出したわけだ。
遅れ補償器が低周波利得を増やして定常状態誤差を減らすと述べたが、その誤差は正確に何で決まるのか。次のユニット定常状態誤差では、開ループが原点に持つ極の数、すなわちシステム型(0形・1形・2形)が、階段・ランプ・放物線入力に対する最終誤差をどう決めるかを見る。位置誤差定数 Kp、速度誤差定数 Kv、加速度誤差定数 Ka がそれぞれその誤差の逆数として現れ、原点の極一つがある種類の入力に対する誤差を丸ごと 0 にする。遅れ補償器が直流利得を増やしてした仕事と、積分項が原点に極を足してした仕事が、ここで一つの表にまとまる。