進み・遅れ補償
進み補償で位相余裕を引き上げる
F1 ~ F4 ユニットと同じプラントにゲイン 2 をかけた開ループ L(s) = 2·C(s)/(s(s + 1)(s + 2)) のボード線図です。上はゲイン(dB)、下は位相(度)で、灰色の点線は補償前(C = 1)、金色の実線は進み補償器 C(s) = (1 + αTs)/(1 + Ts) を加えた後です。補償前の位相余裕は約 33° で、目標の 45° に届きません。α を大きくすると零点と極の間隔が開いて位相に山が立ち、その山の最大の高さは φ_max = asin((α − 1)/(α + 1)) です。中心周波数 ω_m を動かしてその山を金色の点、つまりゲインが 0 dB を横切る交差周波数の近くに乗せると、その場所で位相が持ち上がって位相余裕が大きくなります。たとえば α = 4、ω_m = 1.5 なら位相余裕は約 53° になり、二つのつまみで 45° ~ 60° の間を探せます。
極一つ、零点一つで位相を作る
進み補償器は C(s) = (1 + αTs)/(1 + Ts)、α > 1 の形で、零点を s = −1/(αT) に、極を s = −1/T に置きます。零点が極より原点に近いので低い周波数で先に働き、二つのコーナー周波数の間で位相が正に持ち上がります。ボード線図で見ると、零点で位相が +90° まで上がろうとするところを極が再び引き下げるので、二つのコーナーの幾何平均 ω_m = 1/(T√α) で位相が最大になります。その最大値は間隔比 α だけで決まって φ_max = asin((α − 1)/(α + 1)) で、α = 4 なら約 37°、α = 10 なら約 55° です。α が大きいほど山は高くなりますが、同じ ω_m で補償器のゲインも √α 倍上がるので、進み補償は位相を借りる代わりに高周波のゲインを差し出す取引です。
遅れ補償は鏡像だ
遅れ補償器も形は同じですが α < 1 なので、極が零点より原点に近くなります。今度は位相がわずかに負へへこみ、その代わり低い周波数から高い周波数へ行くにつれてゲインが α 倍に下がります。言い換えれば、高い周波数を基準に低い周波数のゲインを 1/α 倍高めることになるので、ループゲインを 1/α 倍上げても交差周波数付近のゲインはそのままにでき、大きくなった直流ゲインが F5 ユニットで見た定常偏差を減らします。位相がへこむ損は、二つのコーナーを交差周波数よりずっと低いところに置いて避けます。交差周波数に着くころには位相のへこみがほぼ 0 に戻り、位相余裕をほとんど損なわないからです。進みが微分項のように位相と速さを加えるなら、遅れは積分項のように低い周波数のゲインを加えて偏差を減らし、二つを組み合わせて使うのが進み遅れ補償です。
回路で作る補償器、そしてその限界
補償器の魅力は、極一つと零点一つで済むので、演算増幅器と抵抗、コンデンサをいくつか使えばすぐに回路になるところにあります。進み補償器は微分器に似ていますが、極のおかげで高周波のゲインが α 倍で頭打ちになり、純粋な微分が雑音を限りなく大きくする問題がやわらぎます。実は、実用の PID と進み遅れ補償は近い間柄です。積分項は原点に置いた極(遅れの極端な場合)であり、微分項にフィルタを付けたものが進み補償器なので、二つは同じ仕事を違う言葉でしているわけです。時間領域で三つのゲインを選ぶのが PID の調整で、周波数領域で極と零点を置いてボード線図の形を整えるのが補償器の設計です。限界もはっきりしていて、進みは高周波のゲインを上げるので雑音と飽和に弱く、遅れは遅い極を加えるので整定時間を長くします。そのため、位相は進みで借り、正確さは遅れで補い、どちらも本当に必要な分だけ使うのが設計のこつです。
最初の画面に戻ると
最初の画面では、位相余裕が約 33° しかなかった開ループに進み補償器を加えました。α を上げて位相に山を立て、中心周波数 ω_m をゲインが 0 dB を横切る交差周波数の近くへ動かすと、まさにその場所で位相が −180° から遠くへ持ち上がり、位相余裕がよい値まで上がりました。補償器は極一つと零点一つだけで、ボード線図の位相を望みの場所で引き上げたのです。進みが位相を借りて速さと安定を加えたなら、遅れは低い周波数のゲインを加えて正確さを補います。F3 ユニットで読むだけだった位相余裕を、いまや補償器を設計して自分で作り出したわけです。
遅れ補償器は低い周波数のゲインを大きくして定常偏差を減らすと述べましたが、その偏差は正確には何で決まるのでしょうか。次のユニット 定常状態誤差 では、開ループが原点にもつ極の数、つまりシステムの型(0 型、1 型、2 型)が、ステップ、ランプ、放物線の入力に対する最終的な偏差をどう決めるのかを扱います。位置偏差定数 Kp、速度偏差定数 Kv、加速度偏差定数 Ka がそれぞれその偏差を決め、原点の極一つが一種類の入力に対する偏差をまるごと 0 にします。遅れ補償器が直流ゲインを大きくしてしたことと、積分項が原点に極を加えてしたことが、そこで一枚の表にまとめられます。