かんぺきの かわりに じゅうぶん よく
前の はなしで 見ましたね。ある もんだいは ばあいの かずが ばくはつして、かんぺきな こたえを さいごまで しらべると いっしょう かかります。なら あきらめる べきでしょうか? かならずしも そうでは ありません。かんぺきな こたえは とれなくても、「じゅうぶん よい こたえ」なら すぐに とれる ことが おおいのです。すこし そんを して、じかんを 大きく かせぐのです。
かんぺきは すこし おいておく
むずかしい もんだいが あります。
かんぺきな こたえを さがすには
すべての ばあいを しらべる ひつようが あり、
その かずが ものすごいです。
さいごまで いけば
たしかに いちばん よい こたえが でます。
でも それは
いつ おわるのでしょう?
おして かぞえてみましょう。
かんぺきな こたえを さいごまで しらべると。(ばあいの かずが ふえて じかんが ばくはつ → おわりが 見えない)
かずが あまりに はやく ふえます。
ほんの すこし ふえる だけで
しらべる ことが なんばいにも なります。
だから かんぺきな こたえを
さいごまで まつのは
げんじつてきで ない ときが あります。
だからと いって
手を ぬくわけにも いきません。
じゅうぶん よい こたえを、はやく
ここに ひとつの かんがえが あります。
かならずしも さいこうで なくても
いいなら?
かんぺきを ねらう かわりに
ただ はやく
「まあまあ よい こたえ」を
だしてみるのです。
どんよくで やったように、
目の前の よい ものを
さっさと えらびながら。
はやい ざっくり こたえ vs かんぺきな こたえ。(ざっくりは すぐ · さは わずか)
見て ください。
ざっくり こたえは あっという間に でたのに、
かんぺきな こたえと
あまり さが ありません。
すこし たりませんが
じゅうぶん つかえます。
おおくの ばあい
これで じゅうぶんです。
どれだけ よいか ほしょうする
でも ひとつ しんぱいが ありますね。
「まあまあ よい こたえ」だと
しんじて いいの?
もし すごく わるい こたえなら
どう しましょう?
だから かしこい ほうほうたちは
やくそくも くれます。
「この こたえは さいこうより
そんなに わるくは ならない」
と。
さいてきの 1.5ばい いない ほしょう。(どんな こたえでも この せんの 内 → さいあくが ふせがれる)
これが ほんとうに すてきな ところです。
「さいてきの 1.5ばい いない」のように
せんを ひいておけば、
こたえが どんなに わるくても
その せんを こえられません。
かんぺきでは なくても
どれだけ あてに ならないかを
わたしたちは きっちり 知っています。
それは ばくぜんとした すいそくとは
まるで ちがいます。
せいかくさと じかんを とりかえる
けっきょく これは てんびんです。
じかんを もっと つかえば
こたえが もっと せいかくに なり、
じかんを せつやくすれば
こたえが すこし あらく なります。
どちらが よいと
きっぱり きめられません。
いそぐなら はやい ほう、
せいみつさが いるなら せいかくな ほう。
つまみを うごかして
ふたつの あいだを えらびましょう。
じかんを もっと つかえば もっと せいかく、すくなく つかえば あまり せいかくでない。(どこで とめるかは わたしたちが えらぶ)
この てんびんは
アルゴリズム ぜんたいの こころです。
はやい みちと せいかくな みち、
かんたんな みちと ていねいな みち。
まいかい わたしたちは
なにを わたして
なにを えるかを えらんで きました。
よい ほうほうを 知るとは、
この てんびんを うまく よむ ことです。
ここまで きた みち
ながい みちを あるいて きました。
順に とく ことから はじめて、
ならべて、さがして、
コストを はかって、
わけて、つないで、えらびました。
ある もんだいは ほんとうに むずかしいことも、
それでも じゅうぶん よい こたえが
ある ことも 見ました。
おして その みちを
いちどに ふりかえりましょう。
この りょういきが くれた よっつ。(よい ほうほう · はやさ · せんりゃく · げんかいを 知って とりひき)
すべての もんだいを
かんぺきに とくことは できません。
でも それは
むりょくだという いみでは ありません。
はやい ほうほうで、
かしこい せんりゃくで、
げんかいを 知って かしこく とりひきすれば、
むずかしい もんだいの まえでも
つかえる こたえを
手に できます。
それが アルゴリズムが
わたしたちに くれる 力です。