きまった じゅんばんで もんだいを とく
アルゴリズムは むずかしい ことばでは ありません。「もんだいを とく きまった じゅんばん」です。ラーメンを つくる、道を さがす ように。じゅんばんを きめておけば、だれが やっても 同じ こたえが でます。
サンドイッチを つくる じゅんばん
サンドイッチを つくると しましょう。
パンを 出して、
ジャムを ぬって、
パンを かぶせます。
この きまった じゅんばんを
一つずつ ふめば
サンドイッチが できます。
これが アルゴリズムです。
きまった じゅんばんを 一つずつ。(パンを 出す → ジャムを ぬる → かぶせる → 切る → できあがり)
むずかしく きこえた「アルゴリズム」が
じつは これです。
「何を さきに して、
つぎに 何を するか」
じゅんばんを きめておいた もの。
レシピも、くみたて せつめいしょも
みんな アルゴリズムなのです。
くつしたが さき、くつが さき?
じゅんばんは ただ あるのでは ありません。
くつしたを はいて くつを はけば
うまく はけます。
でも くつを さきに はいて
くつしたを はこうと すると?
だめですね。
じゅんばんが ちがえば
けっかも ちがいます。
じゅんばんを かえてみると。(ただしい じゅんばん → うまくいく · ぎゃくの じゅんばん → だめ)
だから アルゴリズムでは
じゅんばんが ほんとうに 大事です。
何を さきに するかで
うまくいったり
いかなかったり するから。
ステップを 知るだけでなく、
「ただしい じゅんばん」を 知るのです。
同じ じゅんばん、同じ けっか
きまった じゅんばんの 力は これです。
わたしも その じゅんばんで、
友だちも その じゅんばんで やれば、
二人とも 同じ こたえが でます。
きぶんや うんに ゆれません。
じゅんばんさえ 同じなら
けっかも 同じです。
同じ じゅんばんに したがえば、二人とも 同じ こたえ。(わたし → 7 · 友だち → 7)
なぜ いいかと いうと、
しんよう できるからです。
「この じゅんばんで やれば
かならず この こたえが でる」。
だから コンピュータにも
この じゅんばんを かいてあげれば、
いつも 同じ ことを してくれます。
二つのうち 大きい かずを さがす
ほんとうに 小さな アルゴリズムを
いっしょに おってみましょう。
二つの かずのうち 大きい ほうを さがします。
「二つを くらべる、
大きい ほうを えらぶ」。
この じゅんばんで おわりです。
入力が 入れば こたえが でます。
入力 → じゅんばん → こたえ。(かず A 7 · かず B 4 → くらべる → こたえ 7)
たいした ことない ように 見えますね?
でも こんな 小さな じゅんばんが
あつまって あつまると
すごい ことを します。
何千こを ならべ、
ほしいものを みつけだす。
みんな「きまった じゅんばん」の 力です。
コンピュータに させるには
コンピュータは じぶんで
「かってに」できません。
何を どの じゅんばんで するか
わたしたちが かいてあげる ひつようが あります。
その じゅんばんが まさに アルゴリズムです。
うまく かいてあげれば
コンピュータが はやく せいかくに やりとげます。
じゅんばんを 知れば、つぎは。(アルゴリズム = もんだいを とく じゅんばん → ならべかえ · さがす · その むこう)
これから どんな アルゴリズムを 見ても
こわがらないで。
どんなに ふくざつに 見えても
中は 同じです。
「何を さきに して、
つぎに 何を するか」
きめておいた じゅんばんなだけです。