まなぶって どういう こと?
ここに ねこの しゃしんと いぬの しゃしんが たくさん あります。コンピュータに これを みわけさせるには どう しますか? みみの かたち、はな、けを ひとつずつ きそくに かいて あげる ことも できます。でも しゃしんごとに ぜんぶ ちがって きそくが きりが ない。だから べつの みちを つかいます。こたえの ついた しゃしんを たくさん みせて、きかいが じぶんで ちがいを みつけるように するのです。これが きかいが まなぶ という ことです。
ひとが きそくを かく
まえに わたしたちは プログラムが
ひとが かいた めいれいに したがうと まなびました。
なにかを させるには きそくを かいて あげる ひつようが ありました。
スパムメールを よりわける ことを かんがえてみて。
こうこく という ことばが あれば すてろ。
リンクが おおすぎたら すてろ。
こう きそくを ひとつずつ かけば
そのまま うまく よりわけられそうですよね?
きそくを オン オフ しながら メールを よりわけてみて。きそくだけでは あたらしい スパムを なんども みのがすのが わかります。
きそくを ふやすほど すこし よく なりました。
でも スパムは どんどん すがたを かえます。
こうこく の かわりに おまけ と かき、
リンクを えの なかに かくしたりも します。
そのたびに あたらしい きそくを また かくので
きそくは きりなく ふえるばかり。
ひとが ひとつずつ かく やりかたは
せの なかの きまぐれを ぜんぶ おいきれません。
なにか べつの みちが ひつようそうです。
れいから きそくを みつける
では みちを ひっくりかえしてみて。
きそくを かいて あげる かわりに
こたえの ついた れいを たくさん みせます。
これは スパム、これは ふつう。
また これは スパム、これは ふつう。
こう ラベルの ついた れいを たくさん みると
きかいが じぶんで きょうつうてんを みつけます。
スパムどうしは どこが にているか、
その パターンが きかいの つくった きそくです。
こたえの ついた れいを ひとつずつ みせてみて。れいが たまるほど きかいが ぬきだした きょうつう パターンが はっきりします。
れいが たまるほど パターンが はっきり しましたね。
ひとが きそくを かいたのでは なく
きかいが れいの なかで じぶんで みつけたのです。
おどろくのは、ことばで はっきり
せつめいしにくい ちがいも
れいさえ じゅうぶんなら つかまえる ところです。
ただ さいしょに みつけた パターンは まだ あらい。
いくつかは まちがって わけるでしょう。
では この パターンを どう みがきましょう?
まちがえながら すこしずつ なおす
まなびは いちどで かんせいしません。
きかいは れいを みて こたえを だしてみて、
まちがえたら どこが まちがったか たしかめます。
そして パターンを ほんの すこし なおします。
つぎの れいで また まちがえたら また なおす。
これを なんども くりかえすと
まちがえる かいすうが だんだん へります。
れいを たくさん あげるほど
パターンは よく あう ほうへ みがかれます。
れいを ひとまとめずつ もっと みせてみて。おすたびに きかいが パターンを なおして せいかくさが ひとつずつ あがります。
れいを あげるほど せいかくさが あがりましたね。
まちがえた ぶんだけ なおして また なおすからです。
はじめは ぎこちなかった パターンが
いつの まにか かなり たよれるように なりました。
もちろん いつまでも かんぺきには なりません。
ある てんからは ゆっくり よく なります。
それでも てで きそくを かいていた ときより
ずっと すくない てまで とおくまで きました。
では この みがいた パターンで なにを しましょう?
あたらしい にゅうりょくも よそくする
まなびの ほんとうの やりがいは ここに あります。
がくしゅうに つかった れいは こたえを もう しっています。
でも ほんとうの つかいみちは
いちども みた ことの ない あたらしい にゅうりょくに あった ときです。
きかいは これまで みがいた パターンに てらして
これは スパムか ふつうか はんだんします。
おぼえたのでは なく パターンを みつけたから
はじめて みる メールにも こたえを だします。
こう まえもって よそうするのを よそくと いいます。
がくしゅうに つかっていない あたらしい メールを おしてみて。きかいが まなんだ パターンで スパムか ふつうか よそくします。
みた ことの ない メールも すらすら わけましたね。
おぼえた こたえを だしたのでは ありません。
れいで みつけた パターンを あたらしい にゅうりょくに あてはめたのです。
だから かたちが すこし ちがっても
にている ところを みて はんだん できます。
もちろん ときどき まちがえます。
パターンが かんぺきでは ないからです。
それでも ひとが きそくを ぜんぶ かくよりも
ずっと しなやかに せの なかの へんかに ついていきます。
まとめて みましょう
ひとことに まとめると こうです。
ふつうの プログラムは ひとが きそくを かきます。
でも せの なかの ことは きそくが おおすぎる。
だから きかいがくしゅうは みちを ひっくりかえす。
こたえの ついた れいを たくさん みせると
きかいが きょうつう パターン、つまり きそくを みつける。
まちがえたら すこしずつ なおして だんだん よく あたり、
その パターンで あたらしい にゅうりょくまで よそくします。
きそくを かく かわりに れいで まなぶ、それが かなめです。
かなめを じゅんに おして ふりかえって。(ひとが きそく かき → れいで きそく みつけ → まちがえて なおし → あたらしい にゅうりょく よそく)
これで きかいが まなぶ という ことばの
ほんとうの いみが わかりました。
ひとが ひとつずつ おしえる かわりに
れいを みて じぶんで きそくを みつけるのです。
この たんじゅんな かんがえ ひとつが
しゃしんを みわけ ことばを ききとる
きょうの かしこい きかいたちの しゅっぱつてんです。
つぎは この まなびが なかで
じっさいに どう うごくのか つづけて みていきましょう。