だいじな ところに しゅうちゅう、アテンション
まえに たんごが いみの ざひょうだと まなびました。でも ぶんを よむとき、わたしたちは すべての たんごを おなじように みません。いま みている たんごを りかいする ために、その まわりの だいじな たんごに もっと めを むけます。だから おなじ たんご 'Apple' でも となりに 'eat' が あれば くだもの、'stock' が あれば かいしゃに なります。この だいじな ところに もっと しゅうちゅうする わざを アテンションと いいます。
だいじな ところに もっと しゅうちゅう
ながい ぶんを よむときを おもいうかべて。
すべての たんごを おなじように みますか?
そうでは ありません。
いま みている たんごを りかいする ために、
その よこの だいじな たんごに もっと めを むけます。
たとえば 'sat' を りかいするには
だれが すわったか 'cat' を みて、
どこに すわったか 'mat' を みます。
こう だいじな ところに もっと しゅうちゅうするのが だいいっぽです。
ぶんの なかの たんごを ひとつ おしてみて。その たんごに かんれんが おおきい たんごが こく うかびあがり、いまの たんごが どこに しゅうちゅうするか みえます。
たんごを おすと ほかの たんごの こさが かわりましたね。
こく うかんだ たんごが
いまの たんごに もっと だいじな たんごです。
うすい たんごは あまり かんけい ありません。
ひとも ぶんを よむとき こう します。
ぜんぶ おなじように みると あたまが いそがしすぎるので、
だいじな ところだけ えらんで もっと みます。
でも なにが だいじかは
ひとりでに きまりません。
ぶんみゃくが いみを きめる
おなじ たんごなのに いみが かわる ことが あります。
なにが その いみを きめるでしょう?
まさに まわりの たんご、つまり ぶんみゃくです。
'bank' という たんごを おもいうかべて。
よこに 'river' が あれば かわぎしに なり、
よこに 'money' が あれば ぎんこうに なります。
たんご じたいは そのままなのに
まわりが かわると かいしゃくが かわります。
アテンションは この まわりを みて いみを きめます。
まんなかの たんごは そのままに して、よこに つける ぶんみゃくの たんごを おして かえてみて。おなじ たんごなのに かいしゃくが かわぎしから ぎんこうへ さっと かわります。
よこの たんごを ひとつ かえただけなのに
かいしゃくが まるごと かわりましたね。
たんごは ひとりで いみを ぜんぶ もちません。
まわりと あって はじめて いみが はっきりします。
だから アテンションが だいじです。
いまの たんごが だれに しゅうちゅうするかで
おなじ たんごが ちがう いみで よまれます。
この せいしつが いちばん よく でるのが
いみが いくつもある たんご、たぎごです。
たぎご、ぶんみゃくで ざひょうが いどう
まえに たんごは いみの ざひょうだと いいましたね。
たぎごは ざひょうが ふたつの ばしょに またがる たんごです。
'Apple' を おもいうかべて。
くだものの まちにも あり かいしゃの まちにも あります。
ひとりだと どちらか わかりません。
でも よこに 'eat' を つけると
ざひょうが くだものの ほうへ ひかれ、
'stock' を つけると かいしゃの ほうへ ひかれます。
ぶんみゃくが ぼやけた ざひょうを かたほうに きめます。
'Apple' の よこに 'eat' か 'stock' を おして つけてみて。いみの ざひょうが くだものの まちと かいしゃの まちの あいだを いどうします。
ざひょうが ぶんみゃくで うごくのを みましたね。
おなじ 'Apple' なのに
よこの たんご ひとつで ばしょが がらっと かわりました。
これが アテンションの しごとの かなめです。
ぼやけた たんごの ざひょうを
まわりの たんごに しゅうちゅうして かたほうに ひきます。
では しゅうちゅうを どう わけて あたえる?
よこの たんご すべてに おなじように?
いいえ。かんれんが おおきい ほうに もっと あたえます。
かんれんどを じゅうみで わける
しゅうちゅうを おなじように わけないと いいましたね。
かんれんが おおきい たんごに もっと おおきな ぶんを あたえます。
この ぶんを じゅうみと よびます。
だいじなのは この じゅうみを ぜんぶ たすと
ちょうど 1 に なるように わける ことです。
かたほうを たくさん とると
ほかは その ぶん すくなく とります。
ぜんたいの しゅうちゅうりょくは かぎられて いるので
どこに もっと つかうか えらんで わける わけです。
かくの たんごの ぼうを おして しゅうちゅうを もっと あたえてみて。ひとつの たんごが たくさん とると のこりが へり、じゅうみの ごうけいは つねに 1 に たもたれます。
ひとつの たんごに しゅうちゅうを よせると
ほかの たんごが その ぶん ゆずりましたね。
ごうけいは つねに 1 に たもたれました。
こう わけた じゅうみが
どの たんごを どれだけ みるか きめます。
おおきな じゅうみを うけた たんごが
いまの たんごの いみを もっと つよく ひきます。
だから 'Apple' の ざひょうが
じゅうみの おおきい となりの ほうへ うつるのです。
まとめて みましょう
ひとことに まとめると こうです。
ぶんを みるとき すべての たんごを おなじように みません。
いまの たんごに だいじな たんごに もっと しゅうちゅうします。
その しゅうちゅうを じゅうみに わけ、
ぜんぶ たすと ごうけいが 1 に なるように わけます。
まわり、つまり ぶんみゃくが いみを きめます。
だから 'Apple' が くだものにも かいしゃにも なれます。
たぎごの ざひょうが ぶんみゃくで うつります。
こう だいじな ところに しゅうちゅうするのが アテンションです。
かなめを じゅんに おして ふりかえって。(だいじな ところに しゅうちゅう -> ぶんみゃくが いみを きめる -> たぎごの ざひょうが いどう -> じゅうみの ごうけいは 1)
これで アテンションが なにか わかりました。
たんごを ぜんぶ おなじように みず、
だいじな ところを えらんで しゅうちゅうする たんじゅんな かんがえが
たぎごの いみを ぶんみゃくで きめさせます。
おなじ たんごが よこの たんごに よって
ちがう いみで いきいきするのは ふしぎですね。
だいじな ところに しゅうちゅうする この かんがえが
いま げんごを あつかう かしこい きかいの
なかを しっかり ささえて います。